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カテゴリー「あんな事こんな事どんな事」の検索結果は以下のとおりです。

3.11 ~あの時のとある小さな裏話~

3.11にあった小さな小さなお話
もう6年になるので幾分うる覚えであやふやな点もありますが
まだ自分が覚えてるウチに。こんな事がありました。っていつか書こうと思ってた話です


■3.11
3.11の直後。慌ただしさの中で少し落ち着いたころ、友人から連絡が入る

「大丈夫かー?」

「こっちはなんとか大丈夫。部屋が散らかってヒドイ惨状になった程度だよw」
「それよりそっち・・・」

「東北まで帰る方法分からない?」

そう言ったのは長い付き合いのM、宮城県の石巻在住で関西某所に仕事で単身赴任中だった

「奥と連絡がとれん、すぐ戻りたい」

まさかと思ってたが・・・聞くと嫁さんは多賀城市に努めているとのこと。多賀城市と言えば津波で被害が出たところだ

当時LINEは(無かった?)主流ではなくTwitterもやってなかったので仲の良い友人達との連絡は主にメッセンジャーを使っていた


ちょっと待って・・・仲間内がネットでいろいろ調べるも鉄道は無理っぽい。当然空路も

「そうか・・・なんか方法ない?」

「となると車?」
・・・でも持ってないとの事

「車はレンタル当たってみる!ありがとう!」

「ルートどうすんだ?高速もやられてるみたいで閉鎖してるみたいだぞ」

「なんとかなるだろw」

■3.12
Mは会社に理由を説明、仕事は良いからすぐ行ってあげなさい。との事。

行くにしてもレンタルはいくつかあたったけど断られたとか。聞いた。
すぐに戻りたい気持ちが焦っても方法がなく困っていると同僚が「もしアレだったら返さなくてもいいから」と軽でよければと貸してくれる事になったらしい。

行くと連絡が入る
電話どころかEメールすら遅延、当時スマホなんてまだ今ほど普及してないガラケー時代
しかもDocomo、au、あと主要外とみんなバラバラ
PC使えばネット経由で連絡取れるけど外だとメッセンジャー使えなくて連絡が途絶えるのはマズイ!

「チョイ待って」
10分くらいで簡単なチャットを作る。それをWeb上に上げて。
「ざっとだけどIモードから繋がる?」
「テスト~おk」

「あとで自動リロードするようしとくから携帯は手放しでOKこっちから色々情報送る」
「車から充電できるように固定してー!以降の連絡はIモードで繋げっぱなしで!返事は止まってる時に!」
みんなにURL教える。

「関東入る前に食料とかガスコンロとか確保していきなーあと防寒用の毛布とか」
「あー!コッチ今ガソリンスタンドパニック起こしてる。給油考えないと」

慌ただしくみんなで作戦を考える。
「東名から首都高入って東北抜けられるかな?」

「日本海側ルートは?遠いか?」

「途中から関越に抜けるとか」

「雪道を行けと?w」

「東北人なら雪道得意だろ!w」

「雪道のない東北人なんだよ!w」

少し冗談がお互い言えるようになったのは余裕が出てきたのか希望がでてきたのか
「なんとかなるだろw」


「首都高なんだけど俺はじめてだからよくワカランw」

「ぐはっ」

「あー大丈夫。教えるよ」とR

あと問題は寸断された道路。
と、何処から仕入れてきたのかAが

「自衛隊車両が~~を通って物資運んでるらしいと情報がある。そこなら通れる可能性ある!」

結局出発は午後遅くだったろうか。
Mがいつも使う口癖「なんとかなるだろw」で3.11の混乱の真っただ中、かつて羽柴秀吉がやった中国大返しならぬ東北大返しが始まった。

だがこっちも混乱中、連絡ができずにいたらどうやら東名から首都圏に入って東北に抜けていくルートを選択したらしい、夜は海老名辺りで1泊するとのこと
でも首都高だって全部通れるかまだわかってないぞ?
東海道はまだ通常と変わりない状況との事だった。
「もうそこまで来たのかよ、はえー!」
気持ちが抑えられず少し飛ばしてるみたいだ。
その前にガソリンを補給していたらしいが東北までちょっと足りないぽい。


■3.13 ※会話は当時の実際のログに基づいておりますが停車中に行ってます。
「満タンから50キロはしったが、なんきろでガソリンスタンドならぶかね」
「軽なの?満タンで300kmは走ると思うが開いてるスタンドあったら少しでも入れた方が良いかも。」

Rが上手く複雑な首都高を事前に誘導する。混乱で渋滞してるのか分からないがネットの道路情報をかき集めながら一番早く回れるルートを教えとく。
運転中は返せないのであとは祈って待つ。

とりあえずその後のルートどうするかだ。高速はダメぽい。東北に抜けるルート探さないと
それと給油の問題。

給油の為に埼玉方面で高速を降りたはず
順調ならそろそろ連絡がくる。

「4号線、白河の表示がでてきたけど。通行止めはあるのかな」(9:53)
「今の所ネットじゃ4号何も規制見当たらない、福島原発周辺が混乱しはじめてる。」

「なるほど。那須にはいったがスタンド全滅強行突破しかない」
「福島の郡山から仙台の名取へ行きたいんですがR4が工事渋滞してるとの噂有」

「郡山にいる親戚の話だと、ガソリンスタンドのガソリンはほぼ売り切れ。 らしい」


「ハイオク満タンゲット」(10:20)
ここらでついでに細かい物資も補給してたと思った。

「山形回って蔵王周りで宮城入りする?」
「会津に抜けることはできるみたいだが車的に無理だと思う。R4にかけるしかないね」
「Mが強行突破しないわけがないw」

「放射能がそろそろだな」(11:12)
「被爆者多数らしい、その辺りの専門はR、説明ヨロ」
「車内に外の空気入れるな放射性物質遮断して通れ。ハゲたらリアップで治せ」

ひwどwいw

「あまりにも暑すぎて窓あけちった」(12:51)
「ま、インフルエンザもかからなかったし、放射能も大丈夫だろ。耐性があるはずだ」
放射能は風邪
「クーラー無いのか?」
「ガソリンへるだろ」
「クーラーも燃費に若干影響ありw」

「つうかみんな普通に外あるいてますが」


「なんとか郡山だ福島で土砂崩れ渋滞」(13:8)

この頃だろうかニュースで原発がポポポポーン。なーにやってんだか。

「ぬけた」(15:10)
「宮城に近づくにつれて酷いねやぱ」
「内陸もいろいろ崩れてる」

・・・

「かなりつながらないな」
「東北-関東の電話ケーブル断線したらしいよ、その影響かもね」

だんだんと音信不通になっていく、津波が来たところや避難情報を集めて色々精査する
奥さんの務めてる会社も津波の被害に入ってる
だが被害にあった場所と違い高台になっているのだろうか?割と近くに避難所があった
だとすれば大丈夫!と思いながら

被災地に近づいたのか殆ど繋がらくなってるみたいだ

「嫁さんが避難してるとしたら●●と●●の可能性が高い!まずそこ目指せ!」

「色々本当にありがとうあとはなんとかする。しばらくは宮城に居るかも知れないし、すぐ帰るかもしれないけど。また連絡する。」

「Good Luck!!」

最後に冗談ぽく交えて「幸運を祈る」と送り出すしかなかった。
案の定、連絡が途絶える・・・。

「仙台到着したと報告アリすでに圏外」(19:21)
メールで送られてきた。一瞬だけ繋がったのだろうか?

Mはちゃんとたどり着いただろうか?
嫁さんは無事だったのだろうか?
再開できただろうか・・・。
何度もチャットやEメールを見るけど返事はない。

無理もないテレビやネット見ても酷い有様だ。
と言い聞かせる

数日後・・・。

携帯にメールが届く

「奥さんと会えた。無事、マンションもなんとか残っててペットの犬も大丈夫。ありがとう」と。

メールを見た瞬間泣いた。ボロボロ泣いた。

奥さんの仕事場はやはり津波に呑まれたらしい。
津波が来る前に職場の人の機転で近所の高いビルの屋上に避難。
目の当たりを津波に呑まれてく惨状を見ながらギリギリで助かったとか。

その後自衛隊に救助されてペットが心配で瓦礫の中を徒歩で帰宅
周囲も酷い有様で真っ暗な中で

「ただいま」と。奥さんは信じられない!という顔してたとか。

どうやって?実はこうやって~~・・・。

奥様からも「ありがとう」とメールが届きました。

ライフラインが切れてて暗闇でも暖かいモノが食べれたけど
周囲の惨状に申し訳なく思いなが食べたとか。

いっぱい持って来た食べ物は近所の人にも分けたとか

翌日、歩いて、みんなで声を掛けて助け合い。
夜はコンビナートの炎が見えて不安になったとか
色々な話をその後聞いた。

車はギリギリだったらしい。それから給油できるまで一週間くらい掛かったと思う

色々話した中で、中々行き届かない支援や救助、変わり果ててしまった周囲
信じられないくらいの惨状を目の当たりにしたMが怒りを交えてもどかしさの中で放った言葉が今でも印象に残ってる

「ここに来て実際見てみろ!!!」


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